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入社初日、初めての友だち PAGE3

last update Last Updated: 2025-04-18 10:32:44

「あー、ゴメンね! 初対面なのにちょっとフレンドリーすぎてビックリさせちゃったよね? あたし、(いま)()()()っていうんだ。――名前、訊いていい?」

 佳菜ちゃんと名乗ったその子は、悪い子ではないらしい。ただ、いきなりグンと距離を詰められたような気がして、わたしが勝手に怯んだだけ。

 でも、社会人になったんだから、このままじゃダメだ。わたしも変わる努力をしなくちゃ!

「……ううん。わたしの方こそ、引いちゃってゴメン。子供の頃から人見知り激しくって。――あ、名前は矢神麻衣。よろしく、佳菜ちゃん」

 ちょっとぎこちないながら、わたしは初対面の佳菜ちゃんに笑って見せた。

「ありがと、麻衣。……あ、いきなり呼び捨てはダメだよねぇ? ゴメン、またやっちゃった」

「そんなことないよ。よかったら友だちになってほしいな。……佳菜ちゃんさえ、迷惑じゃなかったらだけど」 

 久しぶりに、もう本当に大学入学以来に、わたしには女の子の友だちができそうな気がして、わたしは嬉しかった。もちろん、それは「男友だちが多かった」という意味でもなく、友だちがほとんどいなかったという意味である。

「迷惑なんかじゃないよぉ、全然ー。いいよ、友だち関係成立! じゃあさ、連絡先交換しよ? スマホ持ってる?」

「うん。……あ、ちょっと待ってね。わたし電源切ったまんまだったから」

「え、電源切ってたの? わざわざ切らなくてもさぁ、そこはマナーモードでよくない?」

 佳菜ちゃんの言うとおり、「入社式の式典中は携帯の電源を切らなきゃいけない」というルールはなかった。要は着信音さえ鳴らなければいいわけで、マナーモードにしておくだけでもよかったのだけれど。

「うん……、そうなんだけどね。ちょっと事情があって」

「事情?」

 佳菜ちゃんは何かを悟ったのか、キレイに整えられた眉をひそめる。

 案の定、わたしが電源を入れた途端にそれは起こった。雪崩(なだれ)のようなショートメッセージ、メール攻撃に莫大な回数の着信。それも、ほとんど全部同じ人物からの。

 その人物の名前は、(みや)(さか)(こう)()という。

「……やっぱり、こうなると思った」

 わたしは盛大なため息とともに、そう吐き捨てた。

「…………なんか、スゴいことになってんね? 麻衣、大丈夫?」

「大丈夫。マナーモードにしたから、もう音は気にならないし。……連絡先、交換しよ?」

「うん。――困ってるならいつでも相談しなよ? あたしでよければいくらでも聞いたげるから」

「……ありがと」

 連絡先の交換が済むと、佳菜ちゃんは頼もしくそう言ってくれた。

 できることなら、誰もこの問題に巻き込みたくない。……でも、話を聞いてもらうくらいならいいかな、と思う自分がいた。

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    「――で、矢神さんはそういう相手いるの?」「いいい……っ、いえいえっ! いい……いないですよ、彼氏とか好きな人とかっ!」「矢神さん、どもりすぎ。そんなに動揺しなくても」 思いっきり動揺してどもりまくっていると、小川先輩に笑われた。何ていうか、社会人にもなって恥ずかしい……。「ごめんねー、私が悪かったね。彼氏にもよく言われるのよ。『お前は秘書なんだから、もうちょっと周りの空気読め』って」「……はあ」 確かに、周りの空気が読めないのは秘書として致命的じゃないかとわたしも思う。でも、キチンと守秘義務が守れる人なら多分問題はないはず。だからご自身で「空気が読めない」と自虐的に言えてしまう小川先輩だって、社長秘書という仕事が務まっているんだろう。「……って、私の話はどうでもよかったよね。じゃあさっきまで一緒だった男の子は? あのガタイのいい」「入江くんのことですか? 彼は高校から大学までの同級生で、友だちです」「えっ、そうなの? 二人って仲よさそうに見えたし、てっきり付き合ってるもんだと思ってた」 佳菜ちゃんにも言われたけど、やっぱりわたしと入江くんって周りの人の目からはそんなふうに見えるのか。でも正直なところ、わたしにとって彼がどういう存在なのか、自分でもよく分かっていないのだ。「はい。……多分、付き合ってはいないです。あ、ちなみに入江くんの配属先は総務課だそうですけど」「総務課か。そういえば、桐島くんも秘書室に来る前は総務にいたのよ。ちょうどパワハラがひどかった頃に」「えっ、そうなんですか?」 驚きの事実に、わたしは目をみはった。あれだけ会長秘書の仕事をバリバリやっていそうなあの人がかつて総務にいたことにもだけれど、その総務課でハラスメント被害に耐えていたことにも驚いた。「うん、そうなのよー。秘書室(うちのぶしょ)に来たのは先代の会長が余命宣告を受けて、絢乃さんが後継者になりそうだったからだったんだけど。つまりは愛の力ね。ちなみに、先代会長の秘書だったのが私」「へぇー……」「まあ、そんな彼にも秘書の仕事は務まってるんだから、矢神さんも『わたしには無理』とか思わないでね。この仕事はやる気と、ボスへの愛さえあれば務まるものだから。ウチでは秘書検定なんて持ってる人の方が少ないし。私も桐島くんも持ってないもん」「…………はあ」 〝ボスへの愛

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    Last Updated : 2025-04-18
  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   プロローグ PAGE2

     春になったとはいえ、まだひんやりとした風が二日前にショートボブにしたわたしの黒髪を撫でていく。髪を切ったことであらわになったうなじにヒヤッときて、おもわず首をすくめた。「――おはよ、矢神!」 丸ノ内のビル街へ向かって歩き出そうとすると、わたしに元気いっぱいの大きな声で挨拶の言葉が飛んできた。 後ろを振り向くと、真新しいグレーのフレッシャーズスーツに落ち着いたブルーのネクタイを締めた入江(いりえ)史也(ふみや)くんがJRの東京駅からでてきたところだった。 彼はわたしの高校・大学時代の同級生で、ラグビー部員だったために体も声も大きい。でも乱暴ものというわけでもなくて、面倒見がよくて優しい人だ。たとえていうなら、〝金太郎さん〟みたいな人? ……う~ん、違うか。 実は彼も、今日からわたしと一緒に篠沢商事の一員となる新入社員の一人なのだ。「おはよ、入江くん。わたしたちも今日からいよいよ社会人だね」「そうだな。まぁ、部署は別になるかもしんねぇけどさ、お互いに頑張ろうな」「うん」 わたしは子供の頃から人見知りが激しい。採用面接の時にテンパってしまったのもそのせいだ。これから会社で新しいお友達ができるかどうかも不安なので、一人でも知り合いがいてくれると気持ちが少し楽になりそうである。 ……そう、彼はただの同級生で同期入社の知り合い。だとわたしは思っていたけれど……。「あ、そういやお前、髪切ったのな」 彼は目ざとく、わたしの髪形が変わったことに気づいてくれた。世の中には、女性が髪を切っても気づかない男性がごまんといるというのに。どうして入江くんには今まで彼女ができなかったんだろう?「あー、うん。社会人になるんだしと思って、心機一転。……どう? 似合う……かな」 切る前のわたしの髪は、肩にかかるくらいの長さだった。就活の時はハーフアップにしていたのだけれど、もう学生気分からも卒業しようとバッサリやってもらったのだ。「うん、似合う似合う。可愛いじゃん。清潔感もあっていいんじゃね」「そう? ありがと」 嬉しい感想をもらって、わたしは思わずはにかんでいたけれど――。 ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ …… スーツのポケットでスマホが震え、電話の発信者の名前を見ると表情が曇ってしまった。こんな日に一番かかってきてほしくなかった相手からの電話だった。「矢

    Last Updated : 2025-04-18
  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   プロローグ PAGE3

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    Last Updated : 2025-04-18

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    「――そういえば、配属先ってもう見た?」 わたしは佳菜ちゃんに訊ねた。もし配属先も同じ部署だったら、仕事も楽しそうだなぁと思っていたのだけれど。「うん、見た見た。あたし、人事部の労務課だってさ。――そういう麻衣は?」「まだ……これから見るとこ。――えーっと……、人事部の……秘書室?」 自分の意外すぎる配属先に、わたしの思考回路は数秒間フリーズしてしまった。「へぇー、秘書室かぁ。おんなじ人事部でも業務内容全っっ然違うよね。フロアーも別だし」「……ええっ、そうなの!?」 そういえば、労務課を含めた人事部の本部は三十階だったような……。ちなみに、同じ人事部の管轄でも秘書室は重役専用フロアーの最上階、三十四階にあるらしい。「どうして秘書室も同じ三十階にしてくれなかったんだろう……、って言ってもしょうがないけど」「まぁ、そんなに落ち込まないの、麻衣。そのために連絡先交換したんじゃん? 気がねなく、いつでも連絡してきなよ」 ガックリと肩を落とすわたしを、佳菜ちゃんはお姉さんみたいに励ましてくれた。「終業時間後に一緒にゴハンとかカラオケとか、あたしはいつでも付き合ってあげるからさ。幸い彼氏もいないし、身軽だし」「うん。……って、えっ? 佳菜ちゃん、彼氏いないの?」 意外なカミングアウトに、わたしは思わず佳菜ちゃんを二度見した。「いないよん。大学卒業前に別れたんだぁ。相手、大学の同期だったんだけどさぁ、もうガキすぎて合わなくて」「へぇー……、そうなんだ……」 大学の同期性を「子供(ガキ)」の一言でバッサリ斬り捨てられる佳菜ちゃんが、わたしにはすごくオトナに見えた。 わたしと入江くんも大学の同期だけど、入江くんを子供だと思えるほどわたしはオトナになりきれていない。それとも、わたしの方がお子ちゃまなのかな……。 っていうか、どうしてわたし、入江くんのこと考えてるんだろう?「うん。――んで? 麻衣は、彼氏いるの?」「…………えーっと……、いない…………かな」 佳菜ちゃんに訊かれ、ついさっきまで入江くんのことを思い浮かべていたわたしはうろたえた。 「ふぅん? 『いない』っていうわりには、なんかめちゃめちゃ長いタメあったけどねぇ?」「…………」 痛いところを衝かれ、わたしはグッと詰まった。「ホントはいるんじゃないの? 気になってる人の一人

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   入社初日、初めての友だち PAGE3

    「あー、ゴメンね! 初対面なのにちょっとフレンドリーすぎてビックリさせちゃったよね? あたし、今(いま)井(い)佳(か)菜(な)っていうんだ。――名前、訊いていい?」 佳菜ちゃんと名乗ったその子は、悪い子ではないらしい。ただ、いきなりグンと距離を詰められたような気がして、わたしが勝手に怯んだだけ。 でも、社会人になったんだから、このままじゃダメだ。わたしも変わる努力をしなくちゃ!「……ううん。わたしの方こそ、引いちゃってゴメン。子供の頃から人見知り激しくって。――あ、名前は矢神麻衣。よろしく、佳菜ちゃん」 ちょっとぎこちないながら、わたしは初対面の佳菜ちゃんに笑って見せた。「ありがと、麻衣。……あ、いきなり呼び捨てはダメだよねぇ? ゴメン、またやっちゃった」「そんなことないよ。よかったら友だちになってほしいな。……佳菜ちゃんさえ、迷惑じゃなかったらだけど」  久しぶりに、もう本当に大学入学以来に、わたしには女の子の友だちができそうな気がして、わたしは嬉しかった。もちろん、それは「男友だちが多かった」という意味でもなく、友だちがほとんどいなかったという意味である。「迷惑なんかじゃないよぉ、全然ー。いいよ、友だち関係成立! じゃあさ、連絡先交換しよ? スマホ持ってる?」「うん。……あ、ちょっと待ってね。わたし電源切ったまんまだったから」「え、電源切ってたの? わざわざ切らなくてもさぁ、そこはマナーモードでよくない?」 佳菜ちゃんの言うとおり、「入社式の式典中は携帯の電源を切らなきゃいけない」というルールはなかった。要は着信音さえ鳴らなければいいわけで、マナーモードにしておくだけでもよかったのだけれど。「うん……、そうなんだけどね。ちょっと事情があって」「事情?」 佳菜ちゃんは何かを悟ったのか、キレイに整えられた眉をひそめる。 案の定、わたしが電源を入れた途端にそれは起こった。雪崩(なだれ)のようなショートメッセージ、メール攻撃に莫大な回数の着信。それも、ほとんど全部同じ人物からの。 その人物の名前は、宮(みや)坂(さか)耕(こう)次(じ)という。「……やっぱり、こうなると思った」 わたしは盛大なため息とともに、そう吐き捨てた。「…………なんか、スゴいことになってんね? 麻衣、大丈夫?」「大丈夫。マナーモードにしたから、もう音は気

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   入社初日、初めての友だち PAGE2

     彼女のスピーチは、すごく分かりやすかった。そして、社員への愛情がありありと表れていた。 このスピーチにはきっと、原稿がないのだろう。彼女の心の内をそのまま語っているように、わたしには感じられた。 やっぱりこの子――いや、この人はまだ若いけれど、大きな組織のトップに立つ器の人なのだ。 絢乃会長はわたしたち新入社員一人一人に、「自分の仕事の中でやり甲斐(がい)を見つけてほしい」「自分の仕事を好きになってほしい」とおっしゃって、適度な長さでスピーチを締めくくられた。『――では最後に、山崎(やまざき)人事部長より新入社員への辞令を配付しますので、名前を呼ばれたら一人ずつ前に来て下さい』 司会の人がそう言うと、さっきまで絢乃会長がいらっしゃった演台のところに人事部長さんが――入社面接の時、わたしに自分の言葉で志望動機を話すようにおっしゃったあの面接官の人が立たれた。 「あの人……、面接の時の人だ」 人事部長さんは山崎修(おさむ)さんという名前らしく、五十代くらいの渋いおじさまという感じの人だ。見た目は厳しそうな人だけれど、実はすごく優しい人だとわたしはもう知っているので、怯えることもなかった。『――矢神麻衣さん』「はいっ!」 わたしは元気よく返事をして、壇上に上がった。辞令を受け取る時、人事部長さんはわたしの顔をじっと見つめ、笑顔で励まして下さった。「君は、あの面接の時の人ですね。入社おめでとう! これからともに頑張っていきましょう!」 彼はわたしのことを憶えていて下さったらしい。わたしはすごく嬉しかった。 だってあの日、わたし以外に何十人、何百人もの就活生が面接に来ていたはずだもの。わたしなんか、その中の一人でしかなかったはずなのに……。「はい! この会社に入社できたのは、部長さんのおかげです。ありがとうございます! 頑張ります!」  わたしは部長さんに深々とお辞儀をして、受け取った辞令の紙を大事に抱きしめるようにして自分の席に戻った。 入江くんはわたしより前に呼ばれていて、もう辞令を受け取ったはず。さて、彼はどこの部署に配属されたんだろう……? そういうわたし自身も、まだ辞令を見る勇気が出ずにいるけれど。「――ねえ、矢神麻衣ちゃんだよね?」「えっ? ……うん、そうだけど……」 わたしのすぐ隣に座っているちょっと気の強そうな女の

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   入社初日、初めての友だち PAGE1

     ――わたしと入江くんが入社した、篠沢商事を中心とした〈篠沢グループ〉の会長さんは、少し変わっている。というか、世間一般でいう「会長さん」のイメージを、見事に覆してくれる。 世間一般の「会長さん」というと、たいていは社長を退いたおじいさんやおじさまのイメージだと思う。もし女性だったとしても、〝マダム〟という感じの熟年の女性(平たくいえば〝おばさま〟)だったりおばあさんだったり……という感じだろうか。 でも、我が社の会長さんはひと味もふた味も違う。それはどういうことかというと――。『新入社員のみなさん、おはようございます。そして、入社おめでとうございます。〈篠沢グループ〉へようこそ! わたしが会長の篠沢絢(あや)乃(の)です。よろしくお願いします』 いま篠沢商事の大ホールで行われている入社式の壇上で、高級そうなグレーのスーツ姿でお祝いのスピーチをしているのは、わたしたちより間違いなく年下であろう十代くらいの女の子なのだ。 でも、彼女がこのグループの会長であることは明白である。だって彼女はまだ高校二年生の時に先代会長だったお父さまを亡くされて、後継の会長として就任されたのだから。 ……というのは、会社案内のパンフレットやホームページに載せられている情報だけれど。「――可愛い人だなぁ……。わたしよりずっと可愛い」 絢乃会長のスピーチを聞きながら、わたしは思わず独りごちてしまう。入江くんが聞いていたら「お前、またネガティブになって」と言われそうだけれど、幸いにも男女で席が離れているので彼はすぐ近くには――少なくともさっきのボヤきが聞こえる範囲にはいない。 身長は百六十センチに少し届かないくらいだろうか。スラリとしているけど出るところはちゃんと出ていてスタイルがいい。 茶色がかったストレートのロングヘアーはサラサラで、大きなクリッとした目に長い睫(まつ)毛(げ)、鼻すじもスッと通っていて、唇はぷっくりしているけど厚すぎず。多分メイクもしているだろうけれど、多分素顔もキレイなんだろうなと思う。 十代とは思えないくらい大人っぽくて、色気みたいなものもほんのり感じるけれどこれ見よがしに感じない。声もすごく落ち着いていて、耳に心地いい。 まだ若いのに「会長」としての風格は十分にあって、堂々としていて。逆に、彼女より年上であるはずのわたしの方が幼く見えてしまう

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   プロローグ PAGE3

    「──わたし、入江くんが一緒に入社してくれてよかった。すごく心強いよ」「……? そうか? 改めて言われると、なんかこっ恥(ぱ)ずかしいな。でもなんで?」 しみじみと目を細めるわたしに、入江くんは首を傾げた。 彼は知っているのだ。わたしがある人からの着信にビクビクしている理由を。でも、彼を困らせたくないから、わたしは言わない。 あのことは、わたしにとってはもう終わったことのはずだから……。「……あっ、ほら! わたしって人見知りだし。誰か一人でも知ってる人がいてくれたら安心かなー、って」「そっか。もう学生の頃とは違うんだからさ、お前も友だち作れよ? オレにばっかり頼られても困るしな」 彼はその後、「……でも、ちょっとは頼ってもらいたいかな」と付け足した。「うん。どうしても、って時は頼りにするね。──じゃあ行こっ! わたしたち二人で一番乗りして、やる気アピールしようよ!」 わたしは駆け足になって、入江くんを「早く早く!」と手招き。そんなわたしを見て、彼は半分呆れたように笑っている。「おいおい、そんなことでやる気アピールしてどうすんだよ。つうかお前、そんなヒールの高い靴で走ったらコケちまうって」「大丈夫だよ。就活で慣れたから!」「いや、そういう意味じゃなくて。……まぁいいや」 彼は続けて何か言おうとしたけど、何故か途中でやめて肩をすくめてわたしについて走ってきた。 ──篠沢商事本社の敷地に一歩足を踏み入れると、社屋のビルへ向かう途中に植えられた何本もの桜が満開になっている。 まるで、今日からこの会社の一員になるわたしたちに「おめでとう」「よろしく」と声をかけてくれているような気がして、わたしはワクワクしていた。

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